ゆめゆめ

ゆめゆめ、わすれることなかれ

酷い話

彼氏と同棲をしていたときに別れ話に発展した。なぜか。

それは彼氏が買ってきた200円しないくらいのいいプリンを私が彼氏の冷蔵庫から彼が仕事している間に勝手に食べたからである。

「なんでたべたの?」と言われ、食べたかったからとしか言えない。

そのことでかなりキレられたので(東京の人はよくわからない)、私はたくさんのプリンをよしなに買って冷蔵庫に入れておいて「食べて!食べて!ごめん!」と言い続けた。しかし全然許してくれないので、私は「もう別れた方がいい?」などと言ってもめた。そして結局泣きついて解決したのだった。

もう少し広い心を持ってください。本日は土曜日なのでゆっくりしますので。では。

尊敬する女友達

うちの母校は京都全域からさまざまなひとがやってくる。わざわざ舞鶴から高校の近くに家を借りて「お弁当を自分で作って」いつも来て居る女の子はみんなから尊敬されている。私は「運転ができない」と言う主張を(方向感覚が皆無なので)難しくやらなければいけなかった。「免許を取得」などというのは「全く無理」なことなのだった。大学の時に「もうそういうことをできている」友達を見ていて「すごいな・・・!」と思っていた。私は生き遅れてしまうのであった。

センター試験の前に私がしていたこと

「みんな当然センター試験」を受ける。私は何も「利用できない」(国語しかできなくても何もどこにも受からない)ので、私は「みんなが風邪を引かないといいな」という心をこめてキットカットにくまのシールを張ってみんなに配った。「風邪を引かないでほしい・・・」(しかしインフルエンザになっちゃった人も・・・)と思ったがそんなことはツンデレなので言えないのであった。

高校の時の想い出

入学した瞬間仲良くなった女の子といつもお弁当をやいのやいの言いながら食べるのが本当に楽しかった。誰が好きだとか誰が誰と付き合ってるとか誰がどういうのとかとにかく「わちゃわちゃ」していた。昼休みと部活の時にわちゃつくしかない。私は「定期テストで点が取れない」ことを相談することもままならない。なんか「誰がどうの」とか言ってる暇はなかった。なんか「あの人が辞めちゃった」「あの人が死んじゃった」などを聞きながら(スピードラーニングのように)それでも「わちゃわちゃ」するしかない。もはや「なんでもあり」であった。和んだ先生は「あいらぶゆ~」などをめちゃくちゃ古い機械を使ってみんなでリスニングしながらとりあえずいる授業だった。睡眠するための授業なのでそうして欲しいと思う。

母校のほのぼのとしたエピソード

『京都文化論』という授業が一番好きだった。京都のことを全然知らないのに、周りは有名なおうちの人ばかりなのに、大学の先生が親とかばっかりなのに、うちの家は「そんな資料がまったくない」家なので、勉強になった。『京都検定』とかも正直全然<受けようとすら思わない>(難しいので)ものだった。一番楽しかったのは狂言と能を鑑賞してみんなで歩いて高校まで帰ったときです。裸足で帰ってる女の子もいて「つよい」と思いました。靴ずれがひどかった(私もひどい靴擦れでした)。また高校の近所のラーメン屋に行きたいなと思いました。基本的に愚痴を言うために集まる場所です。

地獄の勉強合宿

クリスマスにみんなで本能寺会館に泊まり、みんなで遊ぶ暇も全くないままに「必死で何もかもの勉強をする」という「地獄なのか何なのかわからない」ものを見ている。なぜ。もはやそんなことを問う暇もないのだった。学年全員が泊まる中で「ご飯を食べる」暇はもうなんか「適当に」やるしかなかった。比喩も何もなく「何もできない」「とりあえず、なんかやる」「なんか・・・」「ひらめきとか言ってる暇はない」

本当につらかった。